資 料 編
| 掲示板への書き込み(2001年7月3日〜2001年9月25日) |
| 掲示板への書き込み(2001年1月1日〜2001年6月30日) |
| 掲示板への書き込み(開設〜2000年12月31日) |
| 人が出会い、響きあう(川崎水曜パトロールの会) |
| 川崎水曜パトロールの会では野宿者と子どもとの出会い、教育の取り組みに積極的に取り組んでいます。その取り組みと、授業感想文(約800人)をまとめたものです。 |
| 寿地区身体障害者問題とは(矢島正見) |
| 「障害者」の概念について、独自の定義をされています。「障害児」という言葉に対する私の拒否感を解決してくれた文章です。「障害児」とか「障害者」という言葉は、福祉的援助を受けるときだけに必要な言葉なのですね。 |
| 須藤さんが何でこんな目に会わなきゃいけないんだ!!(徳田正博) |
| 1983年2月5日(土)夜、山下公園で殺された須藤泰造さん。当時「浮浪者殺傷事件」と呼ばれ、社会問題になりました。その須藤さんを徳田正博さんという若いカメラマンが写真に撮っていました。この文章は今は廃刊になっている「浜っ子」というタウン誌の1983年3月号に載ったものです。出版していたところも解散してしまったようで、ここに紹介をする許可は得ることが出来ませんでした。出典を明記したということで、お許しください。 この記事は徳田さんへのインタビューと、徳田さんが須藤さんを取材したときのカセットテープの2つの部分があります。取材テープの中で、仕事、初恋について須藤さんが語っている部分が、とても魅力的です。 |
| 浮浪者殺傷事件と横浜と(寺山修司) |
| 「浜っ子」の1983年5月号に載った寺山修司さんへのインタビュー記事です。現在、野宿を強いられている人たちのことを「野宿者」「野宿生活者」「路上生活者」「野宿労働者」等の呼び方をしているようです。「浮浪者」という言い方は、その当時の言い方です。寺山さんはインタビューの中で「ぷうたろう」という言い方もしています。また、この事件を「そんなに面白い事件だっていう感じは僕はもってない」ということも話しています。私自身、読んでいてあまり良い印象は持たないのですが、一つの資料としてここに載せます。「ようこそ!寿へ」のホームページに載せるには、本来ふさわしくないのではないかとも思っていますが・・・。 |
| 横浜事件の意味とその後のとりくみ(川瀬誠治) |
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極楽とんぼさんがインタビューの中で話されていた川瀬誠治さんの書いた文章です。寺山修司さんは、評論家的な発言でしたが、川瀬さんの文章はこの事件に実際に取り組んだ人としての観点から書かれています。『−川瀬誠治君追悼文集−ことぶきに生きて』から引用させてもらいました。32歳で無念の労災死された川瀬さんの御冥福をお祈りします。 |
| 空と風と星と詩(茨木のり子) |
| 筑摩書房から出ている高等学校用の国語の教科書『新編現代文改訂版』に載っているものです。教科書に韓国の詩人の詩が紹介されるのは、珍しいようです。「ふうちゃんの心に残った言葉など」に尹東柱さんの詩についての紹介がありますので、そちらも読んでいただけると、ありがたいです。 |
| 須藤さんの記事に対する読者の感想 |
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「浜っ子」に載った須藤さんの記事に対す読者の感想です。1983年4月と5月に載りました。この感想のことは、極楽トンボさんに教えていただきました。 |
| 山下公園のヘミングウェイ、大雪に死す。(佐江衆一) |
| 「浜っ子」の1984年2月号からの文章です。自分の生き方を貫いて凍死した永井さんの堂々した生きざまが感じられます。 |
| 永井さんは僕にとって人生の大先輩であり、生き方を教えてくれた良き先生だった。(徳田正博) |
| 「浜っ子」の1984年2月号からの文章です。徳田さんに対するインタビューと徳田さんが永井さんと会話したテープをまとめたものです。二人の自然な会話が魅力的です。「また来るべ?」が何とも言えません。 |
| 特集・山下公園のヘミングウェイ…へ |
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「浜っ子」の1984年2号に載ったと特集「山下公園のヘミングウェイ、大雪に死す」への読者の感想です。 |
| 山下公園のヘミングウェイ故郷に帰る(佐江衆一) |
| 「浜っ子」の1984年6月号に載ったものです。佐江さんと徳田さんが永井さんの古里へ行ったときのことが書かれています。 |
| アルコール依存症を考える(村田由夫) |
| 寿で大きな問題のアルコール依存症について、長年この問題に取り組んでこられた村田由夫さんのお話です。『第25次寿越冬ノート』に載ったものです。アルコール依存症は病気で、回復するもの。そのためにAAが大きな力になること。等々教えられことがいっぱいありました。 |
| 私はオシロイのために働く(オリジン) |
| 「私はオシロイのために働く」とは何と素敵な言葉でしょう。「Shelter-Less」の2000年春号に載ったものです。オリジンさん自身に一部直していただきました。 |
| 横浜市寿生活館条例・横浜市寿生活館条例施行規則 寿生活館の沿革と概要 |
| 寿地区内地域団体の中の寿生活館の紹介に使ったものです。いわゆる、再掲です。 |
| 出会ったおじいちゃん、おばあちゃんたち(村田由夫) |
| 寿福祉センターの村田由夫さんのお話です。『第25次寿越冬ノート』に載ったものです。「問題自体よりも「それが問題である」と許せない人から、問題が出てくるような気がします。」この言葉に思わずうなってしまいました。 |
| 1人1人が鍛えられ自立していく(田中俊夫) |
| 1965年から寿に来ている田中さんのインタビュー記事です。『第25時寿越冬ノート』に載ったものです。「寿を自立とした地域に」という言葉、「さすが」と唸ってしまいました。 |
| ホームレスの自立支援方策に関する研究会の議事要旨と報告書 |
| 厚生省(現厚生労働省)のホームページより引用しました。路上生活者(ホームレス)に対する国の基本的な考え方が分かります。横浜もこの報告書に準じて対応しているようです。 |
| 寿地区介護模様(大川昭博) |
| 『さなぎ達2号』に載ったものです。介護制度が導入される前と後の寿地区の介護の様子が分かりやすく書かれています。資料性があると思ったので、ここにも載せました。 |