出会ったおじいちゃん、おばあちゃんたち
−−村田由夫さんの話−−
1997年5月10日、寿福祉センターで、寿の老人問題にずっと取り組んできた村田由夫さんから話を伺った。その要旨を掲載します。
老人問題ということではちょっと話せないというか…。今までおつきあいしたおじいちゃんの印象というか、そんな話に多分なっちゃうだろうと思います。結構おつきあいは長いんですけれども、印象深かったおじいちゃんのことを断片的にお話すること位しかできないと思うんです。
老人の調査を始めたのは寿生活館です。私の記憶だと、1969年、まだ当時はクリスマス会をやったんですよ。「寿にクリスマスもないだろう」という話はあったんですけれども、周辺を取り囲む町内会がクリスマス会をやっていた。クリスマスプレゼントを子どもたちに渡して、1100渡したから1100人と人数確認やったわけです。結構、子どもがいて、保育園をやっていましたから、寿の子どもたちに何とか多く入ってもらおうと、1軒1軒調査をして550世帯ほぼ1000人程の子どもを把握したことがあるんですよ。それをやるちょっと前でしたからね。あの頃はそこまで出来てなくて。でも子どもも、プレゼントをもらってからまた一番後ろに並んでまたもらってましたから。誤差があったんですけれども。その時に、子どもだけじゃなくて60歳以上のおじいちゃんたちもプレゼントとして靴下を配ろうと。それで各ドヤに「何人いますか」と調査を始めたのが最初だったような気がします。ドヤでは年齢とか一切聞きませんから、帳場さんが「あの人はそうらしい」とか言って、そこへ行って初めて「いくつですか」って聞く。大分違ったりしたこともあると思います。
私の記憶では78人ほど。1969年で。その後は定期的に暮れになるとプレゼントを配るというので生活館でポツポツ調査を始めた。そういう経過があります。私の方で児童の調査をやっていた。その調査というのは数を把握する。どこに誰がいるか。ともかく細かく聞いたら先に進まない。かなり大ざっぱに聞いて後でそこに訪ねていく。帳場さんが紹介してくれる。後は生活相談の中で何歳かを聞いて記録して、それを合わせていく。そんなやり方です。
老人の人たちが急激に増え始めたのはいつ頃だったかなあ。資料見ないと。当然、周りの社会との関わりがあるわけです。生活館の調査で大分前ですけれども、報告書の中に寿地区の60歳以上のおじいちゃんおばあちゃんの内50%以上は55或いは60歳になってから寿に流入してくる人たちの割合が多くなったと。そういう記述を印象深く覚えているんです。
今も傾向としては変わらないと思うんですが、寿で暮らす2000人のおじいちゃん達の50%以上はかなりの年齢になってから、労働現場をリタイアしてから寿に入ってくる背景が大きくあるんじゃないかなという感じがします。不況の時だとか地上げが問題になった時だとか、現在でも単身の高齢者はアパートを借りに行っても入り口で追い払われちゃう場合もよく聞きます。
4、5年前に町の人が1人のおじいちゃん、80近かったかなあ、連れてきてね。「心配だから」と。いろいろ聞いたら「とにかく泊まる所を探す」というわけです。事情を聞いたら、長男の嫁さんと折り合いが悪くて。時々脱糞しちゃうんですね。それで「臭いが臭い」と叩かれたんです。それでうち出てきちゃった。本人は長いこと靴屋さんをやっていて年金とか全然ない。長男夫婦に世話になっている。とにかく「ドヤを紹介するから息子さんの所の電話番号を聞かせてくれ」と。聞かせてくれないんですよ。だから「教えてくれなきゃ私もドヤ紹介しない」と取引しまして。教えてもらって電話して「実はこういう事情でおじいちゃん今いるんだけれども、どうしても帰りたくないと言うのでこちらでドヤ紹介しようと思う」。そしたら息子さん、こっちへ駆けつけてきて一生懸命おじいちゃんを説得するんですけれども。「やだ」って聞かないわけですよ。
それで息子さんも「しばらくは」と帰って。それで10日間ほど。それで「住み心地がいい」というわけですよ。「帰りたくない」ってまた1週間ほど延ばしてまた帰っていったわけです。帳場さんが様子を見ながらフォローしてたんです。その後、時々来るんですって。ポツとね。何日間か泊まっていってまた帰る。「寿っていいなあ」と思いましたね。