鈴木将之先生の文 |
教師は、すべての生徒を愛さなくてなりません。(島秋人『遺愛集』より) |
目に見えるものよりも、もっともっと大切なものがありました。(星野富弘『風の旅』より) |
「さいなら、吉岡さん。」(遠藤周作『わたしが・棄てた・女』より) |
あの娘にどんな花が咲き、どんな実がなるのを知っているのは、親や教師ではなく、本人なんだから。(山田洋次・朝間義隆『学校U』より) |
つまづいたっていいじゃないか にんげんだもの(相田みつを『にんげんだもの』より) |
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人格の時代は終わった。(たなべしゅん『場の顔』より)
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一点の恥もなきことを(尹東柱「序詩」より) |
でもぼくは、きらいじゃないよ。(伊藤英高「きらわれカラス」より) |
気の遠くなるほど怖(こわ)いめにあってきている人が、とてもやさしいだなんて。(灰谷健次郎『太陽の子』より) |
私たちの心の中に、アウシュビィッツは、ほんとうにないのだろうか?(青木進々『アウシュヴィッツの子どもたち』より) |
障害者は 社会が忘れていることを 思い出させるために 神さまが派遣されたのだと思う(栗原征史『神さまに質問』より) |
先生方はいいですよね、いつでも子どもから逃げられますから。親は一生負(お)いつづけなければならないのです。(渋江孝夫『ケンと健一』より) |
「みなさん一人一人が、この世の中に、たった一人しかいないからです。」(野本三吉『空にでかい雲がわく』より) |
疲れ果て 眠る枕を ぬらすのは 涙ではなく 雨のしずくか(ツネコ『ホームレスの詩』より) |
そう、韓国(かんこく)の血(ち)を引(ひ)く日本人(にほんじん)、「韓国系(かんこくけい)日本人(にほんじん)」これがぼくの正直(しょうじき)な気持(きも)ちだ。(松江哲明『あんにょんキムチ』より) |
ONE KOREA(2000年8月28日の朝日新聞の朝刊1面より) |
子は親の鏡(ドロシー・ロー・ノルト、レイチャル・ハリス著石井千春訳『子どもが育つ魔法の言葉』より |
うれしいことに、サンタクロースはちゃんといます。(ニューヨーク・サン新聞の社説・中村妙子訳『サンタクロースっているのでしょうか?』) |
この子らは世の光なり(伊藤隆二『この子らは世の光なり』より) |
天から授かった特別の子ども(伊藤隆二『なぜ[この子らは世の光なり]か』より) |
クレドサラヤジ(パク・キョンナム『クレドラナヤジ』より) |
今日も楽しい1日だったね。明日はもっと楽しくなるよね。(テレビ番組「とっとこハム太郎」より) |
「子どもたちは、昔と何も変わっちやいない。みんな素直で、いい子ばかり。いつの時代も、間違えるのはおとななんだよ」(寺内タケシ「赤旗日曜版2001年5月13日号」より) |
あなたがここにいてくれてよかった。(北村年子講演「ありのままの自分を認めて−自尊感情を育むために−」より(『同和教育』2001年5月号)) |
「死(し)ぬというのも 変(か)わることの一(ひと)つなのだよ。」(レオ・バスカーリア作みらい なな訳『葉っぱのフレディ』より) |
「ちからにする」(大沢敏郎『寿識字学校だより<ちからにする>第43集』より)  |
誕生日は 生んでくれた母に感謝する日(松崎運之助『母の色えんぴつ』より)  |